「陰謀論」で思考停止しないために。神智学の知恵。

最初に誤解ないよう。「陰謀論」と呼ばれている(名付けられてしまった)考え方、あるいはその真偽については、それ自体がグラデーションでさまざまなレベルや深度があるのだろうから深く触れることはしませんが、私個人は、自分の周りで話が合う人や信頼出来る人々の多くはそういった概念を持っている人が多いです。

とは言え、情報を鵜呑みにして「信じ込んでいる」のではなく、ゆるやかにその筋?で考えて、自分なりの対応をしている人が多いという感じかな。もともとアウトサイダーな仕事(スピリチュアル系自営業・秘教探求)などをしてきているので、知人もそういう人々ばかりですし、むしろ誰もこの世界がタテマエ通りに出来ているとは元々、思っていない人々が集まるような場所に私も居ます。

更に少し説明すると、恐らくそういうことに気づいたのは高校一年生くらい、16歳の頃で。「そんな世の中に」これから出て行くにあたって、どうしたら自分の個性や魂が消えないか、守って行けるかを、考え続けてトライし続けて、失敗したりうまく行ったり、を、繰り返して。30歳を過ぎてから今の仕事に辿り着いているという感じです。

なので最初から、物質世界がリアリティではないし、けれどそれが現実世界であるというおかしな設定には、呆然としたり、理解しがたいとストレスを抱えたり、まだそれを濃厚に帯びていた周囲の世界(自分の身近な環境の人々の固定観念など)と(若いころは)戦おうとしてみたり、疲れて諦めたり、精神的に落ちたり、また復活したり。そんな青年期でした。

アウトサイダーな魂だから、アウトサイダーな仕事と在り方を自分なりに見つけて、親としても何とかやっていける子どもの修学環境に辿り着き(うちの娘はシュタイナー学校へ3年生から)、ひとり親として苦労しながらも、ある意味、ひとり親の自営業者だったから守り抜けた自分自身の世界、というここまで(現在53歳)でした。

長い前置きになりましたが、常々思っているのは、人間の世界の複雑なモザイク構造と、魂の輪廻転生システム、世界に掛けられている宇宙レベルの進化計画というものの中で、時代の変わり目として今起きていること、これから更に起きていく変化は、はじめから決まっている歴史の流れであるということです。

私はこの仕事(ヒーラーおよび秘教探究者)の道を歩んで来る中で、神智学や人智学、インド哲学などに助けられて来ましたが、歴史として文明を見るという観点では、神智学の、リードビーター等が伝えている宇宙規模の進化論というものに納得できる部分が大きい。

それに照らすと人類は今、もっとも「底」を体験したアトランティス末期から少しずつ、抜け出している段階ということなのですが、何から抜け出しているかというと、

「物質主義」「利己主義」「二極の分離=つまり善と悪のマジカルな衝突」。とても簡単に言えば「光と闇の二元」ということに。なぜならば、闇とは「物質主義」であり「利己主義」であり、人類がそこに深く囚われてしまった集団と、そうでない集団にくっきりと分かれてしまったところに、アトランティスの終焉がやってきた(ノアの方舟。「神々は残したい人間、つまり利己的でない本来の「まともさ」を保持している人々だけを残そうとした)。

そんなアトランティスでの人間の「退化」もシナリオとしては元々、用意されていた訳です。そこには「月」が一役買っていて、月の出現(設置?)により、人類の機能は物質界に縛られることに。月その他の外部からの働きかけにより、霊的な感性や機能に対してブロックが掛けられるという出来事が、アトランティス末期に起きていたようです。

これから月がどうなるのかは分からないけれど.. (巨大な発信装置だと思えば、新時代に相応しい周波数が月から放たれるのかも?)、最も重たいアトランティス末期の摩擦と混乱で刻まれたカルマを、それ以前のレムリアや更に古い天界的な魂の記憶も含めて、リセット後の12000年かけて追体験しているというのが、今私たちが生きているこの「文明」のこれまでの意味、ということになります。

特にアトランティス、の部分といえばきっとここ最近の近代200年くらいが、その「ミニチュア再現」にあたるのでしょう。

再現・おさらい、なので、きっと今回はリセットとはならない?と思いつつも、神智学的な視点で言うと、幾らでもリセット、の可能性はあります。そこで大事なのは、自分自身の心と思考のあり方を、「進化」の波に乗れるように調整しておくこと。なのです。

今の世界のあり方、これからも起きていくだろうさまざまな課題・社会の混乱は、そのための練習問題であり、世の中のおかしな部分に対して湧いてくる怒りや悲しみなどの自分の(輪廻転生をまたいだ)記憶や感情を、マスターして収めていく、修めていく、という、練習問題(ある意味「試験」)の中に置かれているのだと思います。

そうかといって病み(闇)を放置して良いという意味ではなく、目の当たりにする自分自身や周囲の人々や、世の中の「闇」つまり「物質主義・利己主義」に対してはその都度、しかるべき対応をしていくことも「試験」の一部と言えるでしょう。

神智学の祖であるブラヴァツキー夫人の言葉
「恐れと憎しみは同じものの表と裏である」
「恐れは(神を信じていないという意味で)神への不敬である」

そして私は常日頃思うのですが、
神、というのは私たち自身である。神性から宇宙の創造主に通じるまでの周波数すべてを、私たちのソウルシステムは搭載している。

ただそれを使えていないので、ひとつひとつ、ブロックするものを外して、眠っていた機能をオンにして…をずっとやっていく。輪廻転生を超えても、それを続けていく。

表裏一体である「恐れ」と「憎しみ」を超えていくこと。

自分の内側でそれがなされていけば、「恐れ」や「憎しみ」を感じさせるための現実要素は、自分の前には現れなくなります。練習課題のために、それを味わせるものをどんどん見せてくる。それが社会規模の集合意識で起きている、行くのが、今とこれからの時代です。

「恐れ」「憎しみ」を超えていこう… 行けますか? という課題(試験)からは、誰一人として逃れる事は出来ない。という、追い詰められるようなジリジリとした、高次元からの圧迫感がある今という時期。そして高次元というのは、私たち自身の高い部分なのです。

ごまかそうとする自分のエゴセルフを、いかに祓っていくか。大事なのはそこであると、言い換えることも出来るでしょう。

長くなりました。今日はこのくらいで。
Love & Grace
Amari

*note に同日掲載した同タイトルの記事と同じ文章です*

風の時代、3歩進んだら、下がるのは2歩だけ。

ヒーラー歴20年。エネルギー次元を肌で感じとりながら日々を過ごして来たけれど、明らかに変わったと感じる最近。最近と言っても… 色々な「最近」があるけれど、う〜ん、この半年くらいだろうか。

癒しの世界ではよく「3歩進んだら2歩下がる」と言われることがあります。ヒーリングを受けた後などに、エネルギーの高まりがあり、気づきもあり、成長できた気がする… というのに、周囲や自分自身のもろもろの調整、現実を作り替える作用などがある中で最終的に「落ち着く」と、一度上がったと感じた目線やエネルギー状態よりも「また下がってしまった」と感じてしまうことがある。一度高まっていただけに、尚更に。

けれども、3歩進む、いや、ヒーリングを受けた直後などは自分の高い部分との融合が起きているから、3歩どころかもっと、高まっているように感じるかもしれない。そこからの調整は、全体の現実に変化が起きていくためには必要なプロセスであり、折り合い点に着地した時には、決して元の立ち位置より下がっている訳ではなく、ただ、セッション直後のグインと上がった時よりは、物質界の自分寄りに着陸している、というだけ。

そのことを「ヒーリングは、3歩進んで2歩下がるものなので…」と、クライアントさんや、スクールの生徒さんに説明をしたりする。それが、

ここ半年くらい、つまり2025年の夏を過ぎた頃から、3歩進んだ後に確かに調整が入り2歩下がるのだけど、そこからすぐにグン、とまた1歩上がる。そんな感じなのです。こういったエネルギーの上がり下がりを、自分レベルと、(仕事ではお客さんや生徒さん)、また世の中、などから日々感じることを仕事としている… それも休みなく20年、そんな私が思った。。世界にプログラムされている(高次システムとの)エネルギー作用の仕組みが、確かに変化した!

神智学(アリス・ベイリー等)では2025年は歴史の変換点であると予言的に書かれています。それは地球人類の生きる世界をある意味プログラムする世界光線というものの中のひとつ「第四光線」が、少しずつ2025年から顕現し始めるということによる。摩擦や争いを経て到達する調和、というテーマを持つ。それはもう、抗えないこの時代を生きる人々の宿命でもあります。

今年2026年から世界はさらに激動するとか、言われています。日本人も平和ボケを卒業して、色々と覚悟が必要なのかもしれません。けれど良いこともあります。成長できるエネルギー的な仕組みが変わって、3歩進んでも、1歩だけ戻れば良い。これまでの仕組みに体やオーラや現実創造システムが慣れているせいか、ついつい2歩戻ってしまう??ような調整は入るけれど、ちゃんとその後、1歩また上がる。そんな感じがしています。

去年秋から今年始めにかけて、そんな見えない次元のエネルギーの変化を感じていたところですが、その分だけ、試練のようなものも強まっているのかもしれないとも感じます。「テストが増えている」気がする。これまでの古い時代の自分の調子で、ゆるりと対峙していると「ペケ」をつけられてしまいそう。

恐れてしまう、悲しんでしまう、反応してしまう、疑ってしまう、不安になってしまう、などの、人それぞれの「思いグセ」がありますが… そのような、人それぞれのパターンに対するテストの勢いというか、回数?量、あるいはスピード感が高まっていて、テンポよく、それも古いパターンやクセにハマらずにポジティブに「回答」「選択」していかないといけない気がする。もしも旧パターンに戻ってしまったら? これまでの時代以上に、あっという間に、「居たい場所」から遠ざかってしまいそう。つまり逆流の流れもまた、強くなっている、ということ。

とはいえ、ただ穏やかに、ポジティブでいられたら、何の心配もいりません。

とある先生が(Youtubeで拝見)「これからの時代は立ち向かった人だけが生き残る」と言っていたことの意味が、理解できた気がしました。古典的な神話やアニメの主人公のように、試練を与えられても乗り越えようとするような態度が、すべての人に求められている時代、と言えるのかもしれません。「そんなのは特別な人だけ」と、逃げることが出来ていたのは、今までの時代のエネルギー設定の中。つまり、既に古い時代なのかも。

「立ち向かう」とはどういうことか?
「自分自身」であろうとすること。その自分とは、なにか?
「魂」です。個性とは、魂のことであり、自分自身の魂を死守する態度が、これからの時代を生きていく私たちには、必要なのでしょう。本当はそれはヒトとして当たり前のことなのに、現代人はどこかおかしくなってしまっていた。魂が抜けたような状態で生きている人が多かったということです。

魂とは、神智学が伝えるに、動物魂と神性魂のふたつが合体しているという。まさに「二極化」と言われる点はそこ、なのではないでしょうか。神性の魂を持って次代に生き残れる(転生しつづける?)人々の数に対して、現在の人類は増えすぎたのではないかと私は密かに思っています。

また、上記の先生のご持論では、もともと60億人分も魂は存在しないのでは、ということです。。考えると少し怖いですが、神性魂を持っていない人間もかなり居るということでしょうか。

そうだとしても、本人が強く望むことで、神性はちゃんと降りて来て宿ってくれると私は信じたいけれど。創造よりも破壊、調和よりも分離を好むような人々はもしかすると、神性を搭載せずに地上に生まれているのかなと思うことがあります。

今の時代は恐らくそこの別れ道でもあり、魂を宿す存在として地球の進化プロジェクトからこぼれ落ちずに、この美しい地球とともに生きていくソウルを「利他」「調和」「愛」などの宇宙のポジティブな周波数を手がかりにして、ある意味、ふるいに掛けているような、時期なのかもしれません。全員が「魂ですか?」と、問われている訳ですね。

「愛であろうとする」などの、魂にとっての究極のお題だけではなく、「自分自身である」ことに対峙するというテストが課されているからこそ、その都度、日々の小さなテストをパスした時の成長は、3分の2、に、ヴァージョンアップされたのかも。そんなことを考えていた最近です。

読んでいただき、ありがとうございます。
Love & Grace
Amari

時代の激動期だからこそ「ハートの沈黙」

有料のオンラインブッククラブ「ソフィアの図書館」に投稿した2025年6・10の記事から、少し編集してこちらに掲載します。

アリスベイリー「ハイラーキーの出現」第二章「世界の全般的な状況」から。1939年に書かれています。

p112
人類は盲目的な無知と無認識の状態から、人生に知的に取り組み、責任感を持った状態へと確実に前進してきたということである。あなた方すべてに目覚めつつあるこの責任感が—現在のように大規模に—目覚めるのは比較的新しいことであり、あなた方すべてが感じている苦悩や苦痛を確実に増大させている要因のひとつである

これは、第二次世界大戦の直前の混乱と危機感の中から書かれている事ですが、ちょうど同じ螺旋が一周してきて、今の私たちの立ち位置になっていると思わずにはいられません。マスターが仰るように、中世、近代と、人類の意識が目覚めて来て「知的な」状態にまで至ったというのは、1939年の場合は確かに「比較的新しい」状況と言えるでしょう。私たちの時代は、そこから80年余り経て、もう「比較的新しい」とは言う事は出来ないのでは。

それでも、現在の状況は、まったく同じ言葉で語られても良い雰囲気であると個人的には思います。「目覚めつつある責任感」—-まだまだ、目覚めていない人々のほうが多いような気がするので。けれど確実に変化の時が来ているのは間違いない。

p114
あなた方にできることについて、次のような提案をしたい。極度の精神的な不安に襲われたり、世界の苦悩や不安や悲嘆に打ちひしがれる態度に逃げ込んだりしないようにしなさい。霊的な存在に立脚するように努力しなさい。毎朝、瞑想の時に、改めて決然とそのような態度をとり、日々待ち受けている奉仕を行うときにもそのような態度を保つようにしなさい。

p115
周囲に見られる同じような発言や思考の習慣に引き込まれ、気がついた時には攻撃や憎しみの精神に加担してしまっていたということは、極めて容易に起こりうることである。そうならないように必死に身を守り、どのような人種、どのような人物、どのような集団、集団や国家のどのようなリーダーに関しても、憎悪と疑惑の炎を煽るようなことは一切言わないようにしなさい。注意深く身を守らなければならない。(中略)気づいたら自分が憎しみに満たされ、愛の法則— 世界を本当に救うことの出来る唯一の法則—を破っていたということのないようにしなさい。

今現在が、当時の状況から螺旋を一周回った立ち位置なのだとすると、それでも、現在でも同じような憎悪や疑惑の炎は、危険な要素として依然、存在しているように思います。ワンサイクル巡って来て、恐らく人間社会はそこを今回は超えていくのだろうと思えますが、まだ、その超えるべき山の手前に居る。

「世界を本当に救うことの出来る唯一の法則」とは「愛」である。

それも、問題を解決していくに当たって、愛を広めよというのではなく、「自分自身が愛でない状態にはなるな」と言っています。これは本当だなと。

2025年ヴァージョンでは、昨今の量子物理学の展開と、それと自然と結びつきつつあるスピリチュアルなメッセージとして、「意識が現実化する」ということをさかんに多くのメッセンジャーたちが発信しています。80年前でもマスターは同じ事を仰っていますが、テクノロジーや情報が社会を変えようとしている今は尚更に、「自分に集中」することの重要さが増していると感じます。今はもうそういうタイミングである、と。

「風の時代」であるが故に、情報での混乱と摩擦が激しく起こっている。そんな中で、自分づくりをこれまでして来た人であっても、情報を選びとること、恐らく誰にもわからないこの先の展開の中で、その時々、直感や直観を通じて「正しい」行動を選択できるかどうか、それらについて、常に迷わずに居ることは恐らくとても難しい。

混沌とした時代だからこそ、「自分の考え」というより「自分の状態」がまずは大事で、どんな状態であれば良いかと言えば、やはり「愛」でありつづけることだろうと。

(世界を救うための)鍵は、「愛に溢れたハートの沈黙」とのこと。(p115)

考え、頭、思考、で問題を解決しようとすると、どうしても上に引用した文章のように、善悪や好き嫌い、正しいか否かという論争、分離、争い、憎しみ、という連鎖に繋がっていく。「せめて」出来ること。事態を悪化させないため、自分が混乱に呑まれないようにするために重要なのは、「愛であること」である。

「二極化する時代」だと言われ、その「二極」の意味や解釈もさまざま言われています。「うまく行っている人と苦労している人に分かれている」という表現も聞きました。けれども私は個人的にはそこ、ではなく、「利己と利他」ではないかと思っています。

現在の、人類の進化は利他に向かっていくこと。それが未来なのです。これまで利己的な状態にとどめられていた、また自ら人類が選択してきた長い年月。その中にも、私たちはちゃんと慈愛、利他、も経験を積み、育んで来た。それを今度は社会の基盤にしていく時代が来ているのだと思います。

社会は厳しく理不尽だ。人生は、生きていくのは大変。という、試練の時代から、もっと魂に回帰していく愛や創造を喜び楽しめる時代へ。そのためには、土台となる社会は「理不尽で厳しい」ものではなく、人々が愛の中で生きることと矛盾しない、構造・性質であるものへと、作り替えられる必要がある。

今はそんな過渡期にある。

p117〜は、「古代に起源を持つ勢力間の衝突」という条になりますが、以前の記事でも書いたように、光と闇の闘いはずっと古代より続いていて、それぞれが何かといえば、物質主義から「より高位の霊的な階層へ」進化していくことと、それを阻む力、その両者こそが、「光」と「闇」である。

その争いは古代において、それぞれの価値観に対して「誓いを立てた」ものだという。

う〜む。まさにその辺り、書いていたのがブッククラブで配信のアトランティス小説「マーラの名のもとに」ですが、2025年の今、あまりにもリアルタイムであるので、一旦執筆はお休みに入りました。やはり過去にも人々はそれぞれの立場で対立したのであろうし、それを再現しているのが今なのだと思います。けれども、対立や摩擦を卒業して、上に書いたように「愛」へと抜けていく道を歩まなければならない。

そういった局面では、目に見える場所で自分と敵対するように(自分を敵だと考え攻撃してくるように)見える人やもの、状況に対峙する、というよりも、自分自身の内側が、その事態にどう反応しているか… に注目し、そこに癒しを入れていかなくてはならない。

多くの人々の中でそんなプロセスがうまく運べば、利他を社会レベルで実現できるはず。

今日はこのくらいで。
Love & Grace
Amari

ソフィアの図書館では、Alice Bailey著書や、私が紹介したい様々な分野の本の読書記事や解説のほか、書き下ろしの小説も配信しています。詳細はこちら。

https://sekaiju.net/sophia

「目覚め」に必要な「心のあり方」

今年の前半、そして7月にあったと感じる「回転」の区切り目以後は「沈んでいるもの」の昇華と浄化が実際に(アースワーク的な意味での「物理的に」)起きていて、エネルギー的に厳しいなと感じる事が何度かあったのですが、最近は大気に含まれる気の流れ、プラーナやグレースが「シン」と周波数を上げて、とても気持ちが良い。一方で、その光に照らされてこれまで、見なくても済んでいたような人々の各自の歴史の中の闇のようなものが人それぞれ、浮上してくる時期なのかも。

心のあり方が本当に試される時です。3~4年前に(その当時の)学びの扉のようなものが、内界(地球人類の背後にある高次元の愛の領域=神界)側では締め切られたような時がありました。これは確かにそうだったと思っています… が、いつでもどのタイミングでも「間に合う」というのも事実で。

間に合う、そのコースはそれぞれ変わりますが、もちろん人間として生まれて来て生きることは常に学びであり、いつでも切り替える事は出来るし、「間に合う」ことも出来る。

早く気づいている人はこれまで以上に、そうではない人々の道に迷う姿、それでも気づかずにいる姿、時に、気づいている人を「間違っている」と指摘してくる姿に、出会うのではないでしょうか。多くの偉大な宗教家がそうであったように… その神話的なパターン(原型)が、多くの人々に適用されるという時代が来ているような気がします。

もっとも、それを小さく再現したモデルタイプは常に、スピリチュアル、や、癒しの世界や、人生観などに目覚めが起きた人々には付き物ではありますが。そのような体験を通じて、自分自身の目覚めや覚悟を試される。つまり全て、反対する人や邪魔する人、そう見えている人々や物事があったとしても、自分自身の魂がこの現象界に映し出している、エネルギーであるということ。

小さく再現した個人ヴァージョンではなく、社会全体でそのモデルタイプを体験し、試されるのが、歴史上時折巡ってくる時代の周期の変わり目だろうと思うのですが、今はとても大きい勢いでその周期の入れ替えが来ているタイミングだろうと感じます。

神智学(リードビーター)の人類と太陽系、宇宙の進化サイクルについての理論では、地球のソウルが体験する七つの進化段階の中で、もっとも「波動が下がる」=物質的 のがアトランティスであり、そこを抜けて現在は5番目のサイクルに入った。恐らく12000~13000年前の大洪水以後のことを言うのだと思いますが。

私たちの文明期に残っている伝承・伝説の類では、アトランティス末期の混乱を生き延びて(避難して)、現在の文明のスタートに立ち会った人々から伝わっているものと、現在の文明の始まりを表した創世神話的なものが混ざっていると考えています。

進化サイクルの話に戻ると、5つめの人種期に入ったとは言え、一つ前の人種期のカルマ精算や、情報の整理・おさらいをする時期が必要で、恐らくそこに1万年くらい掛かって、今に至っているのではないでしょうか。

アトランティスの終盤、持っていた能力、ライトボディやチャクラシステム、サードアイ・松果体の活用や、当時なりの生殖システムなど、多くの「宇宙的」遺伝子の働きを封じられて、物質界に閉じ込められてしまった人類。その封印を解いていく時だと考えます。

とは言え、失った、「神々により」封じられたことにはそれなりの理由があり、取り戻していくに当たって、利己的な動機によってただ力、能力だけを開発しようとしても、寧ろ逆効果であろうと思います。ここでは、個人ではなく「人類全体」の歴史やカルマ精算が働く。

能力を拓く、のではなく、もともとあったものを取り戻す。ただ、そこには、「なぜ失ったか」を知り、贖いや、新たな決意・意図といった、心の持ちようの洗礼が必要なのだと思います。

聖書が伝えるように、やはり人間が「利己主義」に陥ったために、光や音や波動といった微細なものを扱う、感じる力を封じられていった。急にではなく、徐々に。

ゆえに「利己的」であること、フィジカルな世界や目に見えるものだけに注意や思考を集中している現在の在り方を頭から「外して」、体や骨格や遺伝情報や隅々に刻まれている「物質的な感性で生きている状態にとどめておく仕組み」を、ほどいていく行程が必要です。

そのプロセスの歩みの中で、ひとつずつ、封印が解かれていく。

私が考える人類の「覚醒」「進化」とはそのようなものです。もちろん、全体を引き上げる力が働いているので、集合意識フィールドの協力体制にシナジー効果が起これば、一気にグンとステップアップするようなことも、準備されているとは思います。ですがそれには、

まずは「心のありよう」を切り替えて、自然界や母なる地球、世界中のすべての人々とともに在るという、ワンネス意識、ホールネス意識、全てはつながり合い、関わりあって、支え合っているのだという意識を持ち、生活や思考を変えていくことから、全てが始まる。

研究者の発表などから、スマートフォンやデジタル生活による人間の脳の危険が問われている最近ですが、100年前に書かれた神智学の先人たちの情報によると、人間は意識の持ちようや自己浄化に励むことで「魂が肉体脳を支配する」という状態になるそうです。

「支配する」というと言葉がよくないかもしれませんが、自分自身がソウルとして生きることで、物質的な肉体的な自分ではない大きな宇宙的な存在として、肉体や、脳を、機能させることが出来る状態になる、ということ。

本当ならば恐らくパンデミック前に、自我をしのぐ魂の力を各自の中で強めておくことが、特にメタフィジカルな探求をしている人々、スピリチュアルに興味を持ったりかじったりしている人々には、求められていたのだろうと思うのですが…(「内界」の「神なる領域」、人類進化を導く世界はそれを促進していたのですが)

というのは、社会における「脳への脅威」はすでに始まっているので。ソウルが優勢、魂に道を開け渡す準備が出来ている、あるいは葛藤はするけれどその用意はある、というような段階の人々は、やすやすと脅威に絡め取られていくようなことはない。けれどもそうでないと、社会や個人にかかるマジックやトリックに、翻弄されてしまう。

「物質的ではない存在である自分」に気づき、目覚めていく。クラウンチャクラやソウルシステムの縦軸から、流れ込んでくるその光と成長のウェーブを受け取り、利己ではなく利他、地球や自然界を愛する方向へ導いていく力に、心と現実を沿わせていきましょう。

「上から来る」、光であるように装って違うものが来ることも多い最近。見分ける、感じ分けるには、左脳的な情報(数字や三次元的な上下関係・地位)ではなく、右脳やハートの感性で測る力も必要で、それにはやはり、自分自身をクリアリングして、淀みを洗い流していく事が大事です。恐れや怠惰や怒りなど、重たい感情を清めることが、最初の一歩です。

2024年、冬至を目前にして。

Love and Grace

Amari