最近、娘と話していて、「宇宙には終わりがあるんだよね、終わりがない・・ってことは有り得ないもんね」と言われて・・・「いや、終わりが無いってことだって、あるんだよね、きっと」と、遠い目をして呟いた私。
人間の思考できるレベルまで宇宙のあり方を下ろしてくると、終わりが無いはずない・・と、思ってしまいがちだけれど、きっと始まりとか終わりとか、それ自体が私たちが囚われている制限なのだろうと、思います。
始まりも終わりもなく、右も左も、上も下も、過去も未来もない。全てがそのように見えるように設定されているだけ。けれど、体験する必要があるから、今、ここに居る。
表層で物事を考えていると、世界や、自分自身や、生きることの本質は見えてこない。密度と、奥行きが大事なのでしょう。ヒーリングやエナジーワーク、メタフィジカルというのは、感情の暴走を抑えるだけではなく、思考が表層を抜け出していく勇気が出せるかどうかが、決め手のように思っています。
エネルギーの密度を調整し、それによって自分を健康に保てるか。そして、三次元よりももっと深く、縦にも横にも深層にも、空の領域にも、少しずつ自分の意識の回路が鋭敏になっていくと、この固まった世界、物質世界や二元法則を超えたところから響いている、実はずっと響き続けている、届き続けているサウンド、波長に、自分の脳波やセンサリーを、ひらいていくコツのようなものが、自然と掴める。
始まりもなく、終わりもない円環する宇宙。その中で無限大が無数に絡み合ったような構造、それゆえに終わることなく、延々とそれを巡っているような在り方を、本来はしているのではないか。けれど、直線で一方向の時間軸や、様々なお約束ごとを設定し、そのプログラミングの中で今は生きることになっている、ここに居る私たち。
けれど別次元には、別のプログラムを体験している私たちが居る。
そんな別のセルフに、時折、想いを重ねる・・・というより、意識を通わせる。ピコピコピコ・・・ そんな瞬間は、宇宙には終わりが無いこと、そもそも宇宙、そして私、世界、あなた、という分かたれた細胞壁は存在しないことを、全霊で「知る」ことができる。一瞬で終わるけれど。。そうじゃ無いと、こちらで生きる感覚がマネジメントできなくなるから(笑)
エナジーワークをしてくると、とにかく進んでいくのが「軽さ」
最初はあちこち調子が悪く痛みや持病的な要素を抱えていた肉体が解放される。その次は五感、感覚、気分レベル(エーテル体や神経システム)から、アストラルつまり感情の重さから解放され、思考の囚われが外れていく。さらに体は軽くなっていき、肉体の感覚が薄くなっていくような。
そうなればなったで、今度は重たい世界とのやりとりに難しさを感じたり、不具合を生じることもあります。けれど、それでまたコツを掴んで、平気になっていく。さらに軽さを増していくと、また調整が必要な時期が来る。その繰り返し。
人間の脊髄は、ちょうど八の字、つまり無限大を描くような形の神経回路があると何かで・・ヨーガ系の本かな?・・で読んだ記憶がありますが、私たちのシステムの中心にあるエネルギー軸「スシュムナー」ともおそらく関係しあっていて、八の字の螺旋を上がったり下がったりしながら、エネルギー的にも、メンタルや感情も含め、変化し続け、違う響きを奏で続けるのではないか・・とそれを読んだ時、感じました。
球体の中に、まずは大きな螺旋があって、その無限大の一つの中に、もっと小さい無限大が仕込まれている。宇宙の進化はその小さな無限大をめぐり、大きな無限大に進むと、またその中に小さな、さっきとはヴァージョンの違う無限大世界があって、そこを体験する、次はまた・・・と、フラクタル構造をしている無限大の果てしなき円環なのでは無いかしら
と、脊髄=無限大 から、「終わりはあるの?」の会話から、考えてみたりしました。確か神智学の、リードビーター系の情報だったかと思うのですが、無限大ではなく螺旋で、螺旋の中に螺旋、で延々と続くと書いてあったようにも思う。けれどなんとなく、単なる螺旋ではなく、螺旋状に動いていく「無限大」なのかな。。と。
奥行き、密度を持ちながら、軽くなり、空気のようになっていく。。。と、自我意識ではなく全体性の中に自分を感じるワンネス意識になりそうですね
随分飛躍してしまいました(笑)
Love and Gratitude,
Amari