風の時代、3歩進んだら、下がるのは2歩だけ。

ヒーラー歴20年。エネルギー次元を肌で感じとりながら日々を過ごして来たけれど、明らかに変わったと感じる最近。最近と言っても… 色々な「最近」があるけれど、う〜ん、この半年くらいだろうか。

癒しの世界ではよく「3歩進んだら2歩下がる」と言われることがあります。ヒーリングを受けた後などに、エネルギーの高まりがあり、気づきもあり、成長できた気がする… というのに、周囲や自分自身のもろもろの調整、現実を作り替える作用などがある中で最終的に「落ち着く」と、一度上がったと感じた目線やエネルギー状態よりも「また下がってしまった」と感じてしまうことがある。一度高まっていただけに、尚更に。

けれども、3歩進む、いや、ヒーリングを受けた直後などは自分の高い部分との融合が起きているから、3歩どころかもっと、高まっているように感じるかもしれない。そこからの調整は、全体の現実に変化が起きていくためには必要なプロセスであり、折り合い点に着地した時には、決して元の立ち位置より下がっている訳ではなく、ただ、セッション直後のグインと上がった時よりは、物質界の自分寄りに着陸している、というだけ。

そのことを「ヒーリングは、3歩進んで2歩下がるものなので…」と、クライアントさんや、スクールの生徒さんに説明をしたりする。それが、

ここ半年くらい、つまり2025年の夏を過ぎた頃から、3歩進んだ後に確かに調整が入り2歩下がるのだけど、そこからすぐにグン、とまた1歩上がる。そんな感じなのです。こういったエネルギーの上がり下がりを、自分レベルと、(仕事ではお客さんや生徒さん)、また世の中、などから日々感じることを仕事としている… それも休みなく20年、そんな私が思った。。世界にプログラムされている(高次システムとの)エネルギー作用の仕組みが、確かに変化した!

神智学(アリス・ベイリー等)では2025年は歴史の変換点であると予言的に書かれています。それは地球人類の生きる世界をある意味プログラムする世界光線というものの中のひとつ「第四光線」が、少しずつ2025年から顕現し始めるということによる。摩擦や争いを経て到達する調和、というテーマを持つ。それはもう、抗えないこの時代を生きる人々の宿命でもあります。

今年2026年から世界はさらに激動するとか、言われています。日本人も平和ボケを卒業して、色々と覚悟が必要なのかもしれません。けれど良いこともあります。成長できるエネルギー的な仕組みが変わって、3歩進んでも、1歩だけ戻れば良い。これまでの仕組みに体やオーラや現実創造システムが慣れているせいか、ついつい2歩戻ってしまう??ような調整は入るけれど、ちゃんとその後、1歩また上がる。そんな感じがしています。

去年秋から今年始めにかけて、そんな見えない次元のエネルギーの変化を感じていたところですが、その分だけ、試練のようなものも強まっているのかもしれないとも感じます。「テストが増えている」気がする。これまでの古い時代の自分の調子で、ゆるりと対峙していると「ペケ」をつけられてしまいそう。

恐れてしまう、悲しんでしまう、反応してしまう、疑ってしまう、不安になってしまう、などの、人それぞれの「思いグセ」がありますが… そのような、人それぞれのパターンに対するテストの勢いというか、回数?量、あるいはスピード感が高まっていて、テンポよく、それも古いパターンやクセにハマらずにポジティブに「回答」「選択」していかないといけない気がする。もしも旧パターンに戻ってしまったら? これまでの時代以上に、あっという間に、「居たい場所」から遠ざかってしまいそう。つまり逆流の流れもまた、強くなっている、ということ。

とはいえ、ただ穏やかに、ポジティブでいられたら、何の心配もいりません。

とある先生が(Youtubeで拝見)「これからの時代は立ち向かった人だけが生き残る」と言っていたことの意味が、理解できた気がしました。古典的な神話やアニメの主人公のように、試練を与えられても乗り越えようとするような態度が、すべての人に求められている時代、と言えるのかもしれません。「そんなのは特別な人だけ」と、逃げることが出来ていたのは、今までの時代のエネルギー設定の中。つまり、既に古い時代なのかも。

「立ち向かう」とはどういうことか?
「自分自身」であろうとすること。その自分とは、なにか?
「魂」です。個性とは、魂のことであり、自分自身の魂を死守する態度が、これからの時代を生きていく私たちには、必要なのでしょう。本当はそれはヒトとして当たり前のことなのに、現代人はどこかおかしくなってしまっていた。魂が抜けたような状態で生きている人が多かったということです。

魂とは、神智学が伝えるに、動物魂と神性魂のふたつが合体しているという。まさに「二極化」と言われる点はそこ、なのではないでしょうか。神性の魂を持って次代に生き残れる(転生しつづける?)人々の数に対して、現在の人類は増えすぎたのではないかと私は密かに思っています。

また、上記の先生のご持論では、もともと60億人分も魂は存在しないのでは、ということです。。考えると少し怖いですが、神性魂を持っていない人間もかなり居るということでしょうか。

そうだとしても、本人が強く望むことで、神性はちゃんと降りて来て宿ってくれると私は信じたいけれど。創造よりも破壊、調和よりも分離を好むような人々はもしかすると、神性を搭載せずに地上に生まれているのかなと思うことがあります。

今の時代は恐らくそこの別れ道でもあり、魂を宿す存在として地球の進化プロジェクトからこぼれ落ちずに、この美しい地球とともに生きていくソウルを「利他」「調和」「愛」などの宇宙のポジティブな周波数を手がかりにして、ある意味、ふるいに掛けているような、時期なのかもしれません。全員が「魂ですか?」と、問われている訳ですね。

「愛であろうとする」などの、魂にとっての究極のお題だけではなく、「自分自身である」ことに対峙するというテストが課されているからこそ、その都度、日々の小さなテストをパスした時の成長は、3分の2、に、ヴァージョンアップされたのかも。そんなことを考えていた最近です。

読んでいただき、ありがとうございます。
Love & Grace
Amari