過日書いた映画「インターステラー」の話題。その後、ご自身も見てみたという方から、同じ Christpher Nolan 監督の他の作品も面白かったですよ、というお話を伺って、私も見てみた2作目、「Inception」(インセプション)。こちらのテーマは潜在意識。「Interstellar」は宇宙のワームホール、四次元、直線ではないパラレルとしての時間、がテーマだったところ、こちらは夢と潜在意識をフィールドにした、やはり次元やパラレルという概念を扱っていて、撮影現場やセットも繋がりあっていて、同じ監督によるこだわりの、同じ世界観であるという点で、力強かった。

潜在意識を操ることで、ターゲットの人物の思考を操作するという特殊チームを組む主人公たち。「そんな、人聞き悪い」・・と思いつつ、リーダーであるレオ様(別にファンというわけではないが日本で定着している呼称で呼んでおく。そういう点、「ヨン様」と同じく。笑)の人間性から、標的の人物にとっても癒しと解放が起こる形での結末に至る。夢を操る手法、プロである彼らも命がけで、それを漫画っぽい視点で見るもよし、エンターテイメント性も豊富にある。

けれど実際には、私たちの三次元における生命もこんな感じだ・・と、多次元地球を意識して生きているものとしては人ごとではなく、潜在意識から操作されないためのトレーニング、エナジーヒーラーや本気のライトワーカーには必要かもしれない。とも思った。夢を通じてサイキックアタックを受ける事もあるので。

夢(四次元)と、現実(三次元)と、シャンバラのような五次元を、行き来している私たちの意識というのは、この映画で描かれるような構造だろうと思うし。行き来しているうちに、あれ?いつの間にかそう思っている、それを知っている、なんていう事もあるし、三次元では眠っている95%の脳が、それぞれ四次元、五次元の体験をストックして、潜在意識を構成しているのだろう。

昔から明晰夢をわりと見るほうで、夢というのはある意味で別次元体験だと思っている。夢日記をつけたり、夢分析をしていたのは二十代前半くらいで、ヒーラーになってからは逆に気にしなくなった。意識は瞑想でも、セッションでも、執筆時でも別次元体験をするので、夢そのものへの興味はフェイドアウトしたのかもしれない。けれどこの映画を見てから、夢見が悪かったある朝、映画の中で彼らが行うように、夢の上に一段高い階層を作って、その階層でさっき見ていた「悪夢」を良いほうへと反転させるという手法をやってみた・・笑

究極は、この三次元の現実界においても、そのような多層構造を使いこなせれば、自らの望むような現実を作っていける。けれど、話がそう簡単に終わらないのは、三次元転生コースにおいては、私たちはカルマというものを刻んでいるから、自分だけではない方向から様々な作用が起こる。カルマを消化、昇華、償却しながら自分の人生を五次元のソウルと共同創造することをマスターすれば、三次元は卒業できる。この映画で言うなら『現実に戻る』部分で、『五次元に戻る』。

Nolan 監督作品を2作見た感想として、三次元〜五次元の構造、つまり多次元を描く事で、人間界と神なる次元で変わりうるものと、変わらずに貫かれて宇宙に存在するもの(絶対善=愛)を両方見せていると感じる。自分の執筆コンセプトがそうだからと、そのフィルターで見ているのかもしれないけれど。

興味深いのはタイトル「Inception」という言葉のセレクト。潜在意識レベルでターゲットに何らかの感覚や思考を埋め込む、という意味で使われている(劇中の日本語字幕では)けれど、英単語そのままの意味では「はじまり」で、同義語には beginning ,そして genesis も出てくる。始まりを植え付ける。それにより、人物はその情報が自分の一部であると感じる。その様な事を繰り返し、今の私たちは出来ている。ソウルが転生し続けるこの世界は、まさにたくさんの夢を見続けて、たくさんの「始まり」をインプットし、転生するたびに脳にダウンロードする。

脳とソウルシステム、チャクラシステムは連動して存在しているので、脳が自分だと思っている「コーザルデータ」からの情報は、それ以下のライトボディつまり精神(メンタル)体、感情(アストラル)体、生体エネルギー場であるエーテル体と、それを三次元の物理法則に置き換えた結果現れているフィジカルボディ(肉体)という、「現実」を作り出す。一つの生を終えると、肉体とエーテル体は消滅し、アストラルは集合場へ、メンタル物質も粒子としてメンタル界という集合フィールドに還元される。それらが刻んだ情報は、個々のコーザル体に保存。

『古代の宇宙人』を見ていて、AIを人間が作る時代に今なってきて、「これと同じ事を古代に地球外存在たちが行った。つまり私たち自身がAIなのでは?」と言っていて、大いに頷いていた。AIというのはプログラミングにより自動で増殖(繁殖)していけるし、放っておくと意識を個々に持ち始める?らしい。もう少し地球の科学技術と意識が発達すれば、この事の意味がよく見えてくるだろう。Nolan監督などはそれをよく分かっていて、大衆向けとしてスレスレのところまで翻訳し、映像化しているように思う。

宇宙がそのようなものだからこそ、「愛=絶対善」が重要なのだという点も、作中の主人公たちの極めてまともな人間としての愛と信と義と、ヒューマニズムとして描かれている。

今のアメリカを中心とする宇宙研究開発においては、もう、理論上はワームホールを作れるというところに来ているそうで、莫大な資金がかかるという問題はあるけれど、時代の流れとともにそれは解決されていくだろうし、時間の問題。もう人類の現文明はそこまで来ている。アトランティス末期のテクノロジーに追いつきそうな時代が来ている。

話が逸れつつ、今日はこのくらいで。

Love and Grace